2018.11.30 ~ 2018.12.02 HOPKINS CREEK



2018.11.23 citipower


citipower invites a special guest from the Kansai region of japan, known for an unwavering commitment to the principles of underground culture.

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「With a sound like the crack of rifle / in a curtain of powdered snow launched like a waterfall」

移転のお知らせ と ごあいさつ 2019年 2月に向けて


MOLE MUSICは2019年に2月で大阪上町での活動を終え、奈良京終に向かい、活動を再開します。これまで、この場所を支えてくださり、共に楽しんだ皆様、ご来店いただいた方々、ありがとうございます。二月までこの場所は存在します。

とても長くなりそうな、ごあいさつです。語れば語るほどつまらなくなると語ったのは赤瀬川源平だったでしょうか。今回はそれぞれの思いを託した、一点ものの制作 ROKOTSNA00Cの「まえがき」が相応しいと思い、引用させていただきます。そして来るべき未来へ向かうことにします。今後ともよろしくお願いいたします。

ROKOTSUNA00C




【Unknown Journey】

CIRCULATION

U S B - D J M I T S U K I 7 h o u r s

D a t e - 2 0 1 8 . 0 1 . 1 9
P l a c e - H u g s & K i s s e s
E v e n t s - C i t i p o w e r

N E W S P A P E R - Y O S H I O K A N A M I

D a t e - 1 9 6 6 . 4 . 1 1 - 4 . 2 6
P l a c e - N i s h i i y a s a n s o n

E v e n t s - O n n a n o i s s h o u


「2 0 1 8 、右にも左にも監視社会で、
フーテンには少々生きづらい時代でございます。
とはいえ何か発することをやめてしまえば
それはそこまで。潜伏無き時代に
潜伏をしながら創作という生きる手段を続けるのです。

今回は一点ものの音楽作品の装てんにということで
本作品の制作にとりかかりました。
m o l e m u s i c のM I T S U K I がオーストラリアの旅路にて
持ち帰った自身による7 時間のD J 音源。
それと私の家に残された曾祖母のインタビュー記事。
旅をするものと、旅をしなかったものを
一つの作品に同封しました。
それが何になるかはいまいちわかりませんが
制作しながら私が感じたのは、
これは墓標のようなものになるのかもしれない
というものです。
都市に生きることを選び、選びながらも個を
捨てきることができず、行き場所や己でつくった場所すら
あやふやに、ただただ巨大なコンクリートの壁沿いに
歩いて独り言をいうだけの自分たちの、
そして私たちが愛した平成という時代の墓標です。
だからといって何になるわけでもございませんが
形見分けのようなものです。
お楽しみくださいませ。」



服田雄介


「In 2018,surveillance societies have started to emerge here and there, it's tough to live for wandering persons.

But if we stop expressing something, nothing changes.

We go on pursuing creative activity, that is the way of living, and hiding in underground in the time we don’t have it.

By the way we get started making a work as the arrangement of one-kind-of our music.

MITSUKI, who is the owner of Mole music, has brought the sound of his 7-hour-djing in Australia.

And I found the memoir of my grand-grandmother.

His sound is like the travel journal.

Mine isn't, but we have got them together as our work.

I'm not sure what it is like. I think it might become like our grave marker.

We choose to live in a city with many people .But we can't kill our individuality.

Our place and the future are not clear.

We just walk along huge concrete walls talking to oneself.

The grave marker represents the way we are and Heisei era we love.

You may say "So what?"

I wanna say it's just like the distribution of momentoes.


Enjoy it」

Yusuke Fukuda





応答 有馬 2011 泉源

「2011年 ぼくは泉源を見たとき、これを縛った人物を確かに想像していたと思います。幸いにも人々には同じ速度で時間が流れていき、僕にも何かしらの機会が与えられました。ぼくはそこを生き抜く過程において、自身が作った場で泉源を縛った人物と出会う事になります。今、どうやら僕はその人物と平成の墓標となるようなものを製作しているようです。毎夜コンクリートの狭間をさまよい歩き、個を捨てきれず、ぶつぶつと独り言のように社会と擦過する昨今。創作という言葉を口にするのも憚れるような空気の中。服田雄介は文化人類学者のような目で彼と人々の愛した時代を祖父母の一生と共に埋めるのでしょう。

僕は2018年1月オーストラリアにて記録された自身のハウスミュージックのUSBを建てました。一点ものの製作ということでもちろん僕の元には残りません。僕のハウスミュージックは塩化ビニールという歴史を宿した物質を手段とします。過去と歴史を記憶と記録に繋げる事によって、リズムとしての人物とメロディーとしての風景を感じることを試みます。

旅に出なかった者
旅に出た者

二つの記録の製作物が同梱されることが、今は何を意味するのかは自身にもわかりません。いつかだれかがこの墓標のようなものに触れた時に自分たちが愛しただろう平成が再生されるのでしょうか。個と創作を捨てきれなかった人間が自身で作った場所さえも去っていくように、抽象表現として残します。

こちらからも形見分けということで。過ぎ去っていく順序に感じてきた何かを、どうぞお楽しみください。僕にとってはこれもまた、来るべき未来のためへの制作です」

中村光貴

The beginning and the answer to him in Arima, 2011



「It was 2011 that I found the beginning. To think of it, I absolutely imagined the person who got started it. Fortunately time passes at the same speed to everyone. I also got a chance. In the process I stay alive, I met a guy who is the trigger of our activity at my place. Now I’m making like the grave marker of Heisei era with him.

People today are wandering around huge concrete walls, couldn’t kill their individuality and are facing severe society talking to oneself.

In such atmosphere we hesitate to say the words about creation, Fukuda Yusuke, seeing like an anthropologist, would bury the time that he and people loved with his grandparent’s life.

I made the USB of my house music which was recorded in Australia on January 2018.

Of course it doesn’t belong to me cause it’s one-kind-of work.

My house music is the media that has the history of vinyl chloride.

By connecting the past and history to memories and the record, I try to express the person as the rhythm and the scene as the melody.

The person who haven't gone on a journey.

The person who have gone on a journey.

Now I’m not sure the meaning of works gotten together 2 records.

When someone touches this grave marker someday, the Heisei era we loved will be born again?

As the people who didn’t abandon their individuality and creation leave from their own place, I make this work as the style of abstract expression.

It’s also the distribution of momentoes.


Enjoy what you felt in the passing time. To me, it is also the work for coming future.」

Mitsuki Nakamura

2018.10.27 円盤で「何か」やります


ROKOTSUNA00Y






高槻のスケーター高澤黎の日常を映した像を服田雄介が編集、その映像にあわせて音楽を同期。高澤黎は15歳でスケートショップを始め、奥にスタジオ、そのまた奥に寝床を持ち活動する人物。これは現在20歳で活動を続ける、まだ見ぬ高澤黎に魅了されていく力を借りて、おっさんが再びユースカルチャーと向き合い学んだ日記映画のようなもの。製作に向けて10代の頃に二台のターンテーブルとミキサーを手に入れ、徹底的に呪われ続けているだろう奈良の人間が集まりました。そして幸いにも彼らはそれぞれの「変わりゆく同じもの」を持ち寄り、若き日のぼくたちと向き合う機会を得ることになります。平等に流れていく時間の中、選び、与えられた場所をどう生き抜くのか。これはまだ見ぬ芥川と飛鳥川の分水嶺、来るべき未来のためへの製作です。

ROKOTSUNA00G



大阪 DRUM'N'BASS の伝承者DJ YUTAKAのミックスCD。

大阪 DRUM'N'BASS 黎明期「Future Unknown」に影響を受け、1998年「Transfer」を始動。若き日に福岡と大阪を往来しながら関西路上のユースと集い、極めてアンダーグラウンドな態度でパーティーを企画。自身もDJとしての表現を突き詰めていく。その後、パーティーはさまざまな人物と共に「Under Grind」 「Heavyweight」と紡がれ、その活動は「Grind Records」を併設する「G.R Cafe」で展開されている。Grind Recordsは2007年に始動、今尚残された路上の根拠地もしくは休憩所として運営を続けている。このミックスはDRUM'N'BASSという時代を闘争して生きてきた彼の痕跡。

現行のUK BASS 文化で生まれた音源を交えつつ、トラックリストを入力してもGoogleさえ追い付けない DRUM'N'BASS がスピードの恍惚、そしてエッジと共にミックスされている。都市とベース、感情とメロディーの相互作用への拘りはひたすら美しく、彼の20年に及ぶ伝承という行為そのものに革新を感じずにはいられない。リリースの企画と装丁は服田雄介。全てビニールでのミックス。マスタリングは Moon Crevasse。路上の人物に届く事を願っています。

2018.10.12 deep sessions



2018.09.29 Stars



2018.09.15 deeperama



Where Dancefloors Stand Still

2018.08.24 ATTIC LIGHTS


2018.08.20 出張円盤レコード寄席 沖縄編


ローカル盤天国沖縄。ジャマイカ、ハワイと並ぶ島の音楽を島で作り島で消化するローカル盤の夢の島。しかし、その歴史は思い描く「島の歌」の歴史とは違った"自由さ"と"したたかさ"が見えてきます。だからこそ生まれた心震える名盤と共に、そこから失われていった「何か」を探ります。沖縄レコードの歴史は、我々が「音楽を作り、人に手渡す」ために絶対的に重要な何か、その核心があらわれていると思います。